セラピストにむけた情報発信



運動の意図にアクセスする新しいパラダイム
(国際心理学会報告2)



2008年8月6日

ベルリンで開催された国際心理学会にて,もう1つ興味深い報告がありましたので,ここでご紹介いたします.

この報告では,運動の意図に関わる脳神経活動を抽出するための新しい発想が提案されました.得られた成果は,脳コンピュータインターフェイス(Brain-Computer Interface; 通称BCI),すなわち,運動の意図の脳活動を利用して,コンピュータや人工腕を操作する技術に応用可能であり,リハビリテーションに携わる研究者にとって,興味深い内容と思います.

発表されたデータの原典は以下の論文です.
Nikulin V et al. Quasi-movements: a novel motor-cognitive phenomenon. Neuropsychologia 46, 727-742, 2008


Nikulin氏らが提案した発想をわかりやすく言えば,”運動の実行(実際の身体運動を伴う)と,運動のイメージの中間的な脳活動”を抽出するパラダイム,となります.具体的には,”筋肉が全く動かない運動を実行してもらう”という,一見したところ大変不思議なパラダイムです.

”筋肉を動かさずに運動の実行システムを活動させる”といえば,私を含め多くの人は,運動イメージを連想します.実際,運動のイメージ中には運動の実行に関わる脳活動が起こることが,多くの実証研究から明らかとなっています.

しかしながら運動イメージの場合,厳密には身体運動の実行を意図していません.あくまで,頭の中で運動をリアルに想起している活動です.このため,BCIのような技術に運動の意図を実行させようとすると,運動イメージ中の脳活動は必ずしも運動の意図を忠実に反映していないため,意図した運動(すなわち,コンピュータや人工腕の操作)が実現できないケースも多いという問題がありました.

そこでNikulin氏らが提案したのは,実際に指の運動を実行してもらい,徐々にその運動の大きさ(振幅)を小さくして,最終的にははその運動の実行の意図は保持しながら,全く指が動かないレベルになるように訓練する,というものです.

Nikulin氏らは,この筋肉が全く動かない運動の実行をQuasi-movementsと呼びました.Quasi-movements遂行中の脳活動を測定すると,同一の指の動きをイメージしている最中の脳活動よりも,高い脳活動が確認されました.なお,脳活動の測定には脳波(EEG)が用いられました.現在のところ,BCI技術には主としてEEGが用いられています.

Quasi-movementsが実践できるようになるには,相当の訓練が必要ではないか?
リハビリテーションに応用するには,あまりにも高度な認知運動課題ではないだろうか?

発表を聞きながらこんな疑問を持ったため,その場で質問して見たところ,少なくとも20−50歳の健常参加者の場合,数十試行の訓練でほぼ全員が実践できたとのことです.

全く新しい知見ですので,研究領域の人間にとっても余り知られていない知識ですが,直感的には,新しい研究や臨床応用との可能性を感じさせ,ワクワクさせる発表でありました.


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